「日本縦走中・折々のつぶやき」カテゴリーアーカイブ

チャリ旅の途上、時々のtweet

2020年10月31日

新宮熊野川河口、千枚田、大台ヶ原、津風呂湖、桜井行き着かず190km

昨日、Y君から、「青春の、石舞台・津風呂湖・大台ヶ原・新宮」という宿題をいただいていたので・・・

その逆走アレンジパターンで「壮年の、熊野川河口・丸山千枚田・北山・大台ヶ原・津風呂湖・桜井」ってのを、思いついて・・・

夜明け起床で、熊野川河口7時スタートを試みた。

河口を走りだそうとすると、GARMINが不調で、昨日作っておいたルートを読み込むとフリーズする。ナビなしで1日で走れるルートじゃない。

しかも、昨日からGARMIN CONNECTも作動不良

仕方なくスペアのEDGE1000を引っ張りだし、MACのノートPCをテザリングで動かして、ルートを読み込ませて出発。

出発早々、熊野川の国道対岸ルートが通行止め。新宮を抜け出すまで、2時間もかかった。

行く先々、和歌山だけじゃなく、三重に入っても、行っては通行止め、あるいはZENRINが確認してるハズの林道が廃道になっていて、行っては、また、分岐点まで引き返す。150kmで走りきるハズのルートが180KM走ってもゴールできなかった。やはり和歌山・三重は奥が深い。

「大台ヶ原」なんてチャラいよ・・

と思いつつ、のぼりだしたが・・・・

ゴメン、これ、山岳でしょ?
ヒルクライム難 公認ルートなんだって??

Y君、若き日とは言え、満載の荷物抱えて。。。
俺みたいにたった7KGのロードバイクなんかじゃなく。。。
よく、こんなとこ上ったなあ・・・・

まあ、そういうマゾヒススティックなキツさはよいとして。。

龍神湖あたりのR169の交通量の多さにはうんざりした。右側30CMを猪突猛進してゆくバイク集団とホンダとトヨタのワンボックス人種の無理くりな追い越し方・・・

大台ヶ原も苦手な山族満載だったので、登り詰めるなり、駐車場をそのまま抜けて、休みもせずに下りてきちゃった・・・

日没ピックアップの後、キャラバンで移動してなぜか彦根まで来た。まだ飲食店の開いている時間に辿りつけるし、翌日のことを考えて、移動の距離としてちょうどよかった。

久々に千成亭のしゃぶしゃぶもいただきたかった。

ああ、サポートのF爺、やはり高いしゃぶしゃぶなぞをちらつかせるると、連れが箸をつけるのを待てもせず、むしゃぶりついて機嫌がよい。

F爺の「すごいなあ」と思うことは、これだけ一緒にいて、散々あちこちで思うがままに停まって、スマホでバチバチ写真撮って、構図に懲りすぎて置いてけぼりにされて、道に迷って・・・

それでも、いままで、一度たりとも自分に、「写真撮りましょうか?」と言ったことがない。

そういう気のきかなさが、並ではない!!!

https://connect.garmin.com/modern/activity/5753173517

2020年10月30日

R371 含 高野龍神スカイライン 一気のり

明日香や吉野山で遊んでたせいで、橋本を出たのは11時すぎ。
今日の目標は、そこから南のR371を高野山詣でをしてながら、串本まで一気に230km走る!

龍神スカイラインはきれいだなあ・・こういう尾根の道路ってみんな30年前はダートだったのに、和歌山進化したなあ、と思っていたが・・・

そうだよ素直に田辺にでちゃえばよかったものを、欲をかいて、串本までR371を走ろうとしたのが失敗(まあ楽しかったが)。

和歌山の山には出口がない!

携帯の電波も入らない!!

丁度日没、谷川ぞいにR371をひた走り、串本まであと50kmというところまで来た。丁度日没。

いいよ、2時間なら闇の中走るよ・・・

と思ったところで、予告なく、犬一匹通れない、突然の通行止め(林業屋の作業の都合で・・・)。

サポートカーに拾ってもらって、来た道を戻り、約180km迂回して、20:30串本着。

串本の寂れた回転寿司屋さんで急いで夕食いただいて、コンビニ経由で、さっき宿に着いたところ。

F爺も、回転寿司だとさすがに「おいしい顔」がない。

9時に開いてる飲食店なんて串本にはほかにない。

https://connect.garmin.com/modern/activity/5748384902

2020年9月25日

9月25日

本当は、26日は礼文で、27日のフライトで稚内から帰るつもりだったけど、、

まあ、台風の余波の、おおしけで、26日はハートランドフェリー、動かなそうだった(実際止まったね)。急遽(というかバックアップはしてあった)旅程変更。

この旅で初めてゆっくり起きて、7時に朝御飯をいただき、8時半に宿をでて、なんてのんきなペースで、午前だけ利尻島をふらつき、、

11時には利尻空港に着いてしまって、ゆっくり着替えと自転車のパッキング。

セキュリティチェックで、ガーミンのレーダーバックライトが引っ掛かって、輪行袋をほどかされた。

「わかってないなあ」とちょっと怒りかけたが、まあなまら北海道、しかも利尻島の現地採用では、電子部品の区別もつかんだろう、とあきらめて、、

「あのね、IATAの規則だとね、こういう電子機器内蔵の小容量バッテリーはね、、」と、にこやかに説諭してきた。

袋から出した荷物は再度詰める気にはならなかったので、、

「紙袋ちょうだい」
「あなたたちで詰めて、それも受託にしてくれる?」

、、とだけ、ちょいと釘を刺した。

14時のフライトで新千歳に着いたのが15時すぎ。

タクシー拾って苫小牧まで。

その途中で、沼ノ端のヤマトのセンターに寄って、いらない荷物と、タイヤ2本を発送して軽量化。

第一洋食には16時過ぎに着いてしまい、「17時の開店まで、どこかでいっぱい」と思って、繁華街をふらつくが、どこも17時オープン。

仕方なく、第一洋食店前の壊れたベンチで開店待ちしてると、店の奥さんがバッチリ化粧で、おそらく郵便局へ行くために、でてきた。

目があったので、「今日も17時開店でしょうか?」と尋ねた。

「はい、5時、ごめんなさいね」と、例の取り澄ました声で答えて、奥さんはでかけてゆく。

10分ほどで、奥さんは戻ってきて、自分に目もあわせず、「どうぞ、、」と指し招き、開店前だが店にいれてくれた。

「はい、自転車?、それはここにおいて・・」

「まってね、いま電気つけるから」

「ああ、そうね、席は、そこに、かけて」

「ゆっくりできず、申し訳ないが18時には店をでたい」と奥さんに告げながら、注文を済ませ、併せて、18時にタクシーを手配していただく。

皿が届くたびに、奥さんと無駄話をして、幸福な1時間+α。

名入りのシルバーが年季が入りすぎて、全く切れないので笑える。

19:30発のフェリーだが、コンビニ寄ったり、運転手が話(ベーリング海でのスケソウ操業船に乗り込んでた若き日の話)に夢中でゆっくり走ったので、厚真の港に着いたのは、出港45分前。

まあ、遅れたおかげで、乗船手続(➕GOTO申請)の行列もほぼ、ハケていて、ちょうどよかった。

なんだか、GOTOと閑散期のせいで、夏場だと1人占有で8万くらいのスイートが、たった2.5万円だった。3食つくグリルの食事は、昔とくらべて、見違えるほど美味しくなった。

しかしなあ、バッグに入れた輪行でも、それとは別で、自転車代取るというのは納得いかん。

2020年9月24日

9月24日

夜明け前(5時)にクッチャロ湖のウイングを出発して稚内まで。
昨日の疲れが残っていたので、いやになったら浜鬼志別からバス輪行すればいいやと、宗谷バスの時刻だけはチェックしておいた。

昨日頑張った報いがあって、今日は追い風、ちょっと斜ってるが、多分7ー8m。

浜鬼志別のセコマで朝めし食って、まあ、走るために来たんだから、たったあと80kmだし、走ることにした。

それにしても、自転車なんて全くいない。日に2ー3台すれ違うだけ。

結局、鬼志別6時半のバスより早く、8時半には稚内に着いちゃった。

開いたばかりの市場でお土産買って、うろこ亭で海鮮丼とノンアルコールビール。

10時のフェリーで利尻島へ渡る。

東風10mと、強いので、利尻島一周60km、どっち回りか悩んだ末、半時計回りにした。正解だったどうかはわからない、後半やはり風に苦しんだ。

観光地にはバスの団体もいるし、そんなバスとも数台すれ違んだけどね、宿、フェリー含めて閑散としてて、GOTO族には苦しめられなかった。

2020年9月23日

9/23 手塩 ー サロベツ原野線 ー 稚内 ー 宗谷岬 ー 鬼志別 ー 浜猿払 ー エヌサカ線 ー クッチャロ湖

距離は170kmくらいだけど、稚内からの100kmはもう10-15mの向かい風。ちょっと斜って吹くことはあってもほぼ真向かい。

知来別で、もう沿岸をゆくのがいやになって、内陸の丘陵に向かって、鬼志別へ。

鬼志別の駅舎跡で、近くのスーパーで買った寿司の弁当を食べながら、「そういえば、、」とふと、インディギルカの事を思いだし、、

鬼志別の廃校になった小中学校跡へ行ってみたが、なにもない。

「しょーがないなー、こういの苦手なんだがなあ」と思いながら、(立派なホタテ王国の)役場に入っていって、尋ねる。

「あのう、以前、さるふつ公園にあったインディギルカの記念館が老朽化して、取り壊され、その展示物だけは、どこかの廃校になった小学校に移設して展示される予定だと、数年前に教育委員会の方に教えていただいたのですが、それはこの鬼志別の校舎、、云々、、、」」

するとどうやら、それは、ここ鬼志別ではなく、平成26年に廃校になった浜猿払の小学校だそう。

民族資料館という名目で運営しているが、いまだに準備中で、常時開放されてはおらず、訪問の要請があった時にだけ、一時的に開館するだけ、という。

まあ、そんな次第なので、諦めて帰ろうとしたが、、

「ちょっと待ってて下さいね」と役場のお姉さん、どこかに電話してくれている。

「あのう、これからすぐでよければ、職員を回して開けますが」と、言う。

「ありがたいのですが、自転車でこの向かい風なので、浜猿払までは1時間かかります」

ふたたび、お姉さん電話口に戻り、、

「14時に教育委員会の職員を待機させますので、どうぞ、、」

と、そんな次第で、まだ未完成の民族資料館を訪問させていただいた。

現役と退職者の有志4名で、こつこつ構成中とのことで、常時開館までの道程は遠い、という。

ちなみに、インディギルカは、あくまでも、その資料館の一部門。

浜猿払へ出た以上、向かい風10m、空は曇だらけになったエヌサカ線を抜けて、クッチャロ湖へ。

クッチャロ湖の夕焼けなんて、もういいやと、すっかり諦め、それでも今日は頑張ったぶん、いい1日だった、と思っていたが、

日没間際、の僅か15分、雲の切れまから、湖面に陽がさし、、

奇跡のような夕焼け