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奄美群島(沖永良部〜徳之島)・種子島・屋久島 2013年12月28日(土) - 2014年1月7日(火)

奄美群島(沖永良部〜徳之島)・種子島・屋久島

2013年12月28日(土) - 2014年1月7日(火)

12月28日(土) 移動日
早稲田1651ー東京1640(suica),東京1647-新大阪1923(EX)
ラフォーレ新大阪(じゃらん)

12月29日(日)移動日
さくら 新大阪1222ー鹿児島1651(えきねっと)
かごしま空港ホテル(じゃらん)

12月30日(月) 沖永良部一周
https://connect.garmin.com/modern/activity/426975618
JTA鹿児島0815->沖永良部0930 確8273S308
トヨタレンタカー 0997-92-2100(電話予約 VITZ)
沖永良部フローラルホテル(るるぶ)

12月31日(火)沖永良部山岳サイクリング-> フェリー –>レンタカー
https://connect.garmin.com/modern/activity/426975587

和泊(沖)1430->亀徳1625(徳) 予101-A, 101-B(大2+自転車1) *099-225-1551 タイムズカーレンタル(DEMIO)
レクストン徳之島(じゃらん)

1月1日(水) 徳之島一周
https://connect.garmin.com/modern/activity/426975564

徳之島 レクストン徳之島(じゃらん)

1月2日(木)移動日 鹿児島市内泊
JAC3794徳之島1225->鹿児島1325確3K785400
鹿児島 中原別荘(じゃらん)

1月3日(金)移動日 種子島をレンタカーで周回(H0NDA FIT)
TOPPY鹿児島13:00->西之表 14:35
(*鹿児島1343さくらー>1744新大阪1757こだま->1828米原)
ニッポンレンタカー
種子島 HOTELサンダルウッド(じゃらん)

1月4日(土)種子島一部区間を走る(徳之島からヤマトで発送した自転車がこの日まで種子島に届かず、ヤマトの南種子町センターで午後に受け取る)
https://connect.garmin.com/modern/activity/426975538

種子島 HOTELサンダルウッド(じゃらん)

1月5日(日)種子島->屋久島 移動(高速船)
09:20西之表->宮之浦10:10
白谷雲水峡登山
屋久島 JRホテル屋久島(ホテルサイト レンタカー(軽)付 )

1月6日(月)
https://connect.garmin.com/modern/activity/426975525

屋久島 sankara hotel&spa 屋久島(当日 島を自転車で巡りながらスマホからネット予約)
(*宮之浦16:00->18:00鹿児島 JRホテル鹿児島 キャンセル)

1月7日(火)帰宅
JAC 屋久島 12:25 – 鹿児島 13:00
JAL鹿児島13:50→羽田15:20確47136A35

山陰本線〜サンライズ出雲

「山陰」という言葉の響きが好きだ。 この地方の海岸線は日本で一番美しいと思う。

海岸沿いに限らず、山陰には、僕らが失ってしまった日本の原風景が残されている。

前回は5年前、九州からの帰路、下関から城崎まで、角島や青海島に立ち寄りながら、オートバイで走り抜いた。

確かXJR1300だった。

その前はいつだったか・・・、と思い起こせば多分もう20年も前になる。この時はKATANAだったなあ。

鳥取の駅前でUターンしながらコケた時に、フレームにガムテープで巻き付けておいたパンク修理剤が爆発して、あたり一面、泡だらけになり、大騒ぎになったっけ。

セパハンでのロングランは正直、肩と首がキツくて、埼玉に着くなり、接骨院に行ってマッサージしてもらったけ。

今回は電車での旅、下関を10:21に出て、仙崎に12:30に着いた。着いたはいいが、閑散期の平日ダイヤなので、長門-東萩の列車がない。

バスもないので、仕方なくこの区間をタクシーで移動。

山陰道が部分開通していたり、R8もバイパスができていて、この辺りの道路にはすっかり昔の面影がない。

東萩から13:46の益田行に乗り込んだ。

再び、名古ー須佐間は不通。

この区間はJRの代行バスがあった。

益田で16:08発「スーパーまつかぜ12号」に乗り込んだ時には正直ホッとした。

ところがコイツも強風で遅延。

出雲市駅には18時過ぎになんとか到着。

駅前で釜揚げの出雲蕎麦をいただいて、「ポプラ」で酒やつまみを買い込んで、18:55、無事「サンライズ出雲」の発車に間に合った。

そうそう、出雲市駅もすっかりモダンに姿を変えていた。

一日中、一晩中、車窓からの風景だけを眺めていた。

強風に打ち寄せる日本海の波、窓にかかるしぶき、取り残された昔ながらの駅舎。

棚田、小径、紅葉・・・。

山陰本線のドン行はカタカタと線路脇の小枝に車体をぶつけながら走り抜けてゆく。

「圃場整備」という言葉を憶えている人はどれだけいるだろうか。

農業生産性の向上と銘打って、不規則・不整で美しい日本の田園風景を、浅ましい土建族や農林官僚が、どんな風に打ち壊したかを憶えているか?。

高度成長やらバプルやらに浮かれた愚か者どもが、どれほどの山林を破壊し、そこを緑の芝生で埋め尽くしていったかを憶えているか?。

人間の欲に見向きもされなかった、山の陰のわずかな谷間にだけ、かつての古里の風景が残されている。

「ある場所の写真をね、20年経ってまた撮るとね、もうそれが同じ土地には見えないんだよ」と、ある写真家が嘆いていたことを思いだした。

もう、高速道路や新幹線なんて作らなくていい。

古里は荒んだ都会から遥かな故に美しい。

軽薄な都会の野うさぎみたいな価値観に追従して、すっかり姿を変えた萩の町を美しいと思う奴がいたら、そんなのただの物見遊山のノータリンだ。

これ以上日本を壊すな。

新世代快適指向夜行「サンライズ出雲」に乗り込むと、そんな怒りがこみ上げてきた。

車窓から空を見上げると、南天の星空が輝いていた。

車室の灯りを消してベッドに横たわると、オリオン座が車窓の中を、ゆらゆらと泳いでいた。

「今夜は寝るまい」と僕は思った。

一睡もせず、窓のシェードは開けたまま、一晩中、この星空を見上げていようと心に決めた。

大阪が近くなると、今度は三日月が窓の中を泳いだ。

そして、またオリオン。

明け方、少しウトウトした。

目をあけると、車窓ごしに、月明かりが優しく車内を照らしていた。

しまなみ海道

Max: This place does not suit my life. Fanny : No Max, it’s your life that does not suit this place.

あれからもう二十余年、昨今ようやく「四国を訪ねてみようか?」と思いつくようになってはいたが、そのたび、映画「プロヴァンスの贈り物 ~ A Good Year」の中の、そんなdialogが脳裏に響き、足を遠ざけていた。

普段のモットーどおり、移動する速度が、旅のあり方や、そこでの人々との関わり具合を決めてゆくのだとしたら、「そこに住む」ということと、「そこを旅する」ということ、両者の間に、そんな大そうな差はないんだろうなあ、と、いまさらながら反省している。

「俺は四国に嫌われてるんだ」という自己暗示から、まるっきり解き放たれたわけじゃないし、ここに住むなんて、今でもまっぴらゴメンだけど、この旅で、すこしはお互いの確執が解けたんじゃなかろうかと、勝手に安堵している。

夕暮れの来島海峡大橋を渡りながら、「瀬戸内海は島々のゆりかご・・云々」という、あの頃書いた詩を思い出した。

旅から帰って書棚を探したら、当時の愛媛県現代詩大会の作品集とやらが見つかった。

読み返して「若かったなあ・・・」と赤面する。

それでもまあ、瀬戸内海の美しさを形容する、これ以上の言葉は今の僕には見つからないので、その一部を引用しておくことにする。

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人を生きる切なさは、海を見つめるもどかしさによく似ている。

波にこがれ、潮騒を恐れ、それでいて、みずからがひと寄せの波に解け落ちることのない、そんな切なさだ。

瀬戸の内海は本当に穏やかで、あんな小舟が沖を渡るだけでも、波の高さが、これほどに変わるのだ。

水面にたちこめた淡いもやの中に、雲海に浮き立つようにして、島々が頭を突き出している。

夕焼けが、かすみ立つ入江を浮雲と同じ紅で染め上げてゆき、僕は天上を、さらにその天上から見下ろしてでもいるかのような錯覚に抱かれる。

海は母ではなく、母の子宮なのだ。

(中略)

故郷が育まれてゆくほどに、郷愁は行方を失ってゆく。

見上げれば降り注ぎ、見下ろせば、舞い落ちる。 焦がれるほどに、行方をもたない。

永遠は、それほどに遥かではないかもしれない。

それは、この瀬戸内の水面にも揺れ、きらめき、そして暮れてゆく。

日が沈む。

蒼が泳ぎ、朱が泳ぎ、島々のゆりかごは優しく暮れてゆき、僕はまといつく砂を払い、また喧騒の中へでかけてゆく。

(以下略)

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