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魚野川 2014年8月24日 

魚野川源流(土樽駅付近)から小千谷の信濃川合流までを走る旅。Tくんと一緒に。

当日のガーミンレコード

https://connect.garmin.com/modern/activity/572475954

2024年8月23日(土)

終業後、F爺のドライブで湯沢の「シャーレ湯沢銀水」なるドサ宿ホテルに泊まる。

http://yuzawa.co.jp/

旅の途上の投稿

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8月24日(日)

翌日、土樽駅上流まで車で移動して出発。

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途中で雷雨に襲われ、浦佐駅に退避。

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小千谷の信濃川合流にてゴール。

湯どころ ちぢみの里(道の駅ちぢみの里おぢや)でひと風呂あびて、小千谷から高速に乗って帰宅。

北海道編(1/2) 宗谷岬〜苫小牧駅

北海道編(1/2) 宗谷岬〜苫小牧駅

浜頓別から反時計まわりに、ひたすら日本海沿いを走って函館まで。あるいは、稚内から時計まわりにオホーツク沿いを走り、根室、釧路、襟裳岬を経て苫小牧まで、二通りのルートを計画した。お盆休み真っ盛りの旅なので、それぞれのルート、約100km区切りに宿まで予約して、久々の長期休暇、出発を心待ちにしていた。

8月に入って、どうやらちょうど盆の時期に身内に不孝が起こりそうな気配になった。どうしたものか、と悩んでいる矢先、ちょうど出発に合わせて台風の到来予報。

気勢をそがれて、いったんは「行かない」と決め、全行程をキャンセルした旅だった。

「行かない」とは決めたものの、「行かない」なら、盆休みをどうすごしたらよいのかまるで分らない。

家にいれば、いら立つのは見え見えだったし、首都圏の渋滞に巻き込まれながら、近場をブラブラするなんて、考えただけでウンザリだった。

8月9日の朝、始業前に、未練がましくJALのサイトを覗くと、台風のせいで旅をキャンセルした人も多いのだろう、翌日の羽田ー稚内航路にまだ空席があった。

仕事をしながらも、飛行機の空席が気になってしかたない。オヤジがやって来て、「盆休みはどうするんだ・・・」と尋ねる。ブツブツと愚痴をこぼしていると、オヤジ曰く、「まあ、お前の旅の途中で、もし死ぬのがオレだったとしても、お前が帰ってくるとは期待せんがなあ・・・」。

その一言で決心が着いた。しばし仕事を中断、往路の飛行機を予約。昼休みになって、「じゃらん」を覗くと、数日前には空きなどなかったが、皆んな台風到来の予報でキャンセルしたのだろう、都合よく空きだらけだった。台風の通過も計算に入れて、稚内ー初山別ー留萌と宿を予約。残りの日程は成り行き次第。

あらかじめ宅急便で送る予定だった自転車をダンボール箱から引っ張りだし、輪行袋に詰める。

もう、旅の途中で訃報が入っても帰ってこない、と決心して旅立つことにした。行かなければ後悔し、これからの日々を苛立って過ごさなければならないのは目に見えていた。

旅が人生のすべてだ、とまでは言わない。でも、旅をしていないときの、日常の暮らしは、息苦しく、色彩がない。

DAY1 2014.08.10(日)
ANA 571羽田10:30 -> 稚内12:20
タクシーで宗谷岬「アルメリア」まで移動して自転車組み上げ
宗谷岬14:30
稚内全日空ホテルにC/in、荷物を置いて、野寒布岬を回る
南稚内はお祭りだった。
夕食はホテルの雲海。
部屋で一息ついて町をふらつき、ラーメン広宣。
ドーミーインには溢れんばかりのオートバイ。

稚内全日空ホテル 泊
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DAY2 2014.08.11(月)
台風通過のため、稚内に足止め
礼文・利尻航路も決行
駅前の北市場で土産を買い込み発送
ウニの塩水パックを買い、コンビニでワサビと醤油を買う。部屋でイッパイ。
夕食は今日も雲海。

稚内全日空ホテル 泊

DAY3 2014.08.12(火)
06:30起床、07:30出発
サロベツ原野線は台風吹き返しの向かい風(アメダス15m越)。

道中、おそろいTシャツの、大学生らしき二台のチャリが、追い風に吹かれ北行していたが、コイツラ、なぜか翌日も苫前あたりで、こちら南行、あちら北行ですれ違う。すれ違いざま、気恥ずかしそうに微笑んでいたが、どうやら風向きを見て、バスや列車で移動してから、追い風方向を選んで走っていたらしい。

ようやく手塩についたのが14:30。天塩の町の入り口のコンビニで昼食。時間が押しているので、のんきに飯食ってるヒマなんてない。

初山別着と同時に日没

しょさんべつ温泉 岬の湯 泊
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DAY4 2014.08.13(水)
10:00 初山別 発
足が昨日の疲れを引きずっていて重かった。「走れるかなあ?」なんて思いながら出発。走り出してしまえばなんのことはなく足は回る。

羽幌のフェリーターミナルで、焼尻・天売島にでも渡ろうか、とも考えたが、結局そのままオロロンラインを南下。

途中、何度か通り雨にあう。北海道のトラックは遠慮なく水しぶきをぶっかけて走り抜けてゆく。

3時過ぎにはあっさりと留萌着。港の周辺をふらついてからホテル到着。

ホテルニューホワイトハウス泊

コンビニでアルコール類を買い込み、薬局で湿布を買い、日暮れを待って開店と同時に丸喜寿司で夕食。

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DAY5 2014.08.14(木)

R233を北竜へ向かう。旅の出発前にキャンセルした予定では、このまま日本海沿いを走ることいていた。昨夕はオーベルジュ増毛泊の筈だった。R233はお盆時期交通量が多いので心配していたが、今は高速ができてガラガラだった。

今日は、ほろしん温泉ほたる館でゆっくりひと風呂、なんて考えていたが、峠下駅に分かれる交差点で気が変わって、ほたる館をドタキャン。このまま美唄まで走ることにした。

北竜・新十津川と抜け、滝川を過ぎて石狩川の堤防にでる。空知にでると道が自由に選べるようになったので、国道を避け、田舎道を走る。北竜あたりまでどんよりとした雲がかかっていたが、十津川あたりで晴れ間ものぞくようになってきた。

ここらの道端で一休みしていると、また小雨がぱらつきだした。スマホでJR北海道のサイトをチェックすると、17日発の北斗星(B個喫煙)とカシオペア(ツイン禁煙)が予約できた。合わせて明晩の苫小牧と、明後日の登別の宿(苫小牧ドーミーイン、登別ホテルゆもと登別)を予約する。

日暮れに美唄着。夕焼けがきれいで、いつまでも走っていたい気分になる。

ほたる館をキャンセルする前に、予定を1日前倒し連絡しておいたホテルスエヒロに着く。街をふらついた後、ファミリーレストラン仙中里で夕食。

ここで身内の訃報が届く。半ば予測はしていたが、万一の際にも、お盆のラッシュ時期なので帰らないつもりでいた。無理だろうと思い、スマホで飛行機の空席検索すると、16日のJAL千歳ー羽田便の、しかもファーストが、なぜか一席だけ空いていたので予約。その後の連絡で16日通夜、17日葬儀とのこと。正直、この時点では帰らずにまだ旅を続けようか悩んでいた。

ホテルスエヒロ 泊

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~当日UPした記事~

~当日UPした記事~
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DAY6 2014.08.15(金)

朝05:30に美唄をでた。朝出発する時点では、もう明日の飛行機で北海道を離れることを決心していた。苫小牧から青森まではすでに走っているので、とりあえず宗谷から苫小牧までの線を繋げば、日本縦走のための目的は達成される。早めに苫小牧について自転車をパッキングし、ヤマトで送りだしてしまうつもりで、早朝出発した。

天気はどんよりとした曇り、岩見沢からはR234の側道を縫うように走り、昼前には苫小牧に着いてしまった。小雨がパラツク中、駅前の喫茶ドンドンで昼飯(ハンバーグだったっけ?)。その後、コンビニでガムテープを買い込んで、12時過ぎにはドーミーイン着。

ホテルに早すぎるC/IN。フロントでダンボールを買い、部屋の準備ができるのを待ちながら、玄関前でダンボールを切り貼りしながら、自転車をパッキング。ちょうどヤマトの集荷が来たので、160のダンボールとヤマト便の伝票を持っていないか尋ねたが持ってなかった。

パッキングの終わる頃、部屋の準備ができたとのこと。ニケ口にわけた自転車に宅急便伝票を貼り、フロントに預けて部屋に上がる。

シャワーを浴びたあと、名残惜しく寝台の予約を全てキャンセル。明晩の登別の宿もキャンセルし、代わりに大宮のパレスホテルを予約。

夕食は黒船亭。味とネタが落ちて、ガッカリ。全然美味しくない。多分二度と行かないだろう。いったんホテルに戻った後、ホテル裏手のTAKANASI(スペイン風バー)で一杯。

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~当日UPした記事~
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DAY7 2015.08.16(土)

苫小牧発11時過ぎの特急で南千歳にでて、快速エアポートに乗り換え千歳空港に着。苫小牧駅前に二台の旅の自転車が止まっていた。自分の旅はこれで終わりなのに、彼らの夏はまだ続くのだ、と思うと、やるせなかった。

~当日UPした記事~
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JALのラウンジで、おかき好きの老夫婦に話しかけられながら、ハイボールを何杯も煽る。機内ではクォーターのワインを二本。シラフではいたくなかった。夕刻、大宮についてラーメンを食ってからパレスホテル入り。タクシーで斎場へ向かう。通夜のあと、再びホテルに戻り、ホテルのバーで夕食。

山陰編(1/2) 浜田-城崎温泉 

山陰編(1/2) 浜田-城崎温泉 2014.7.20 – 2014.7.22

7/19(土) ANA1103 羽田(16:25)ー萩石見空港(17:55)1K
萩石見空港から益田駅までバスで移動
山陰本線 益田18:51 -スーパーおき6号 - 浜田19:27

浜田ワシントンホテル泊(自転車をホテルに宅配済)

7/20(日) 浜田ー松江
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グリーリッチ松江 泊_(夕食は日本料理 松江 和らく)

7/21(月) 松江ー鳥取
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鳥取グリーンホテルモーリス 泊

7/22(火) 鳥取ー城崎温泉

https://connect.garmin.com/modern/course/52834562

(*この区間のガーミンレコードが壊れたため、帰宅後コースで再現)

城崎14:35 — こうのとり18号 ー福知山15:42 1-1-C
福知山15:43 — はしだて6号 ー京都17:06 1-1-C
京都 ー 東京 東海道新幹線
東京 ー 本庄早稲田 20:40 上越新幹線 (帰路は自転車と共に輪行)

2014のGWに九州鹿児島佐多岬から浜田までを走っていたので、浜田から東へ向かい城崎までを走る。土曜を午後半休して出発。
19:30に浜田に着き、あらかじめホテル(浜田ワシントンホテル)宛宅配しておいた自転車をロビーで組み上げる。21時前になって街へでて、前回浜田へきたときと同様“ダイニング月読(つくよみ)”なるイタめし屋で夕食。帰路にコンビニに立ち寄りがてら、大阪王将を見つけたので、ついでにラーメンを一杯。

明けて20日、朝5時にホテルを出発して走り出す。毎度の通り朝食は抜き。波子駅あたりを瓦屋根の家並を見下ろしながら散策。

R9は道幅が狭いのに、トラックが多く、交通の流れも早い。ドライバーの質も低く、短気なトラック野郎は車間とらずに肩すれすれをかすめるわ、クラクションばんばん鳴らすわ・・・。ホーンの鳴らし方にしても、「ぽうん」なんて「兄ちゃん抜くできーつけや」なんて親切心はまったくなし。「ぱぱぱーん」「おらどけや、くそガキがああ」てな按配で悪意むき出し。

そんなわけで、ひたすら海沿いの細道を走る。温泉津あたりは、山から浦へ、浦から山への連続。崩れ落ちた道を無理やり通り抜けたり。疲れるばかりでなかなか先へ進めなかった。

出雲大社へ立ち寄り、宍道湖の北岸を通って松江に向かうが、とにかく暑い。ガーミンは45-48度なんて表示している。宍道湖わきで休息しても、暑すぎて、休むと逆に疲れる。こげば暑さで足がつる。伊野灘駅手前で、ついに足がつってゆるい坂も登れなくなり、ちょうど見つけた“翠園平田”なる中華調理屋で人休み。

店で涼んだあとは、なんとか足も持ち直し、15時前に松江着。

「まともな海産物が食いたい」と思って「日本料理 和らく」を電話予約。17:30から夕食。見栄えはいいんだが、味と鮮度はなんかイマイチだった。

ところでこの晩の宿は“グリーンリッチ松江“。グリーンリッチとかモーリスとかのチェーンはWEB予約して、堂々と当日キャンセルできるので、旅程の定まらない時は、よく使うのだが、やはり”それなりの客層(^^)“が多い。この晩は酔っ払いのカップルが深夜に廊下で大声だして騒いでた。

21日は、前日の猛暑疲れが抜けないまま、6:30に松江発。中海を渡って、境港にでて、弓ヶ浜を下る。

あとは昨日同様、酷暑の中を、R9を避けて、ひたすら海沿いに鳥取まで150km。途中ドラッグストアでエアサロンパスとシップを買い込み、なんどもなんどもつりかけた脚を冷やしながら、クタクタで鳥取着。白兎海岸手前から鳥取市内にはいるあたりが、なんともツラかった。

15:00にはホテルに着いて、とにかく部屋でエアコンガンガン身体を冷やす。シャワーを浴びて、一眠り。
この晩、スマホの画像を見ると、19:00からどこかで、海鮮のコースを食べてから、ラーメン屋に行ってらしんだが・・・。自分にはこの晩、青島ビール飲みながら寂れたラーメン屋で定食を食った記憶しかない。ストビューでホテルのあたりを見回したが、どうも記憶が戻らん・・・。

翌22日は朝6時に鳥取を出発。但馬漁火ライン、餘部を経て城崎まで。佐津の街をすぎて、砂浜を見下ろす高台で一息ついている時、観光ファミリーのクルマが入ってきて、用もないのに自分のチャリの前にクルマを止めた。なんか気分よくないので、チャリをどかして別の場所に移動。ガードレールに立てかけようとしたとき、チャリをこかした。ちゃりを確認して何事もない・・・と思っていたのだが・・・。

ひと坂登って、次の安木浜へ降りてゆく坂の途中でブレーキをかけた途端。なんとハンドルバーが、左のSTIレバーの手前でポッキリ折れた。仕方ないので、フロントブレーキだけでゆっくり坂を降り、「さてどうしようか」とひと思案。

ハンドルの折れた部分に、輪行時のシートポスト保護用に持ってた短いパイプを添木して、バンドで固定。なんとか城崎温泉までを走りきる。

それにしても、いったん暑さにやられると、なかなか脚は元に戻らない。折れたハンドルのせいもあるにせよ、城崎手前、最後の鋳物師戻峠、たった200mの高度を登るだけなんだが、もうクタクタで、半分近くチャリを押して登った。

14:35の“こうのとり”で城崎を出て、京都を経て、夜、自宅へ帰宅。

北海道編(2/2) 苫小牧駅〜青森駅

北海道編(2/2) 苫小牧駅〜青森駅

振り返って思うには、翌月の宗谷ー苫小牧区間から本州までを事前に繋ぐための、消化試合みたいな旅だった。

この区間はほとんど国道を走るより術がなく、ヨレヨレの「わ」ナンバー、遠慮のないトラック、80-90kmで流れる車の交通にまみれて走るのが本当に怖かった。

豊浦ー静狩間のR37の峠区間は小雨にも降られたし、本当に怖かった。50cmほどの車間を残して、トラックがびゅんびゅん自分を追い越してゆく。路肩に避けようとすれば、路肩との間にちょうどタイヤの幅一本くらいの溝が走っていて、もし走りながらこれにはまると自転車ごとすっとんしまう。

出発前に小さいバックミラーを買って、ハンドルに巻いてきたのだが、これがあって本当によかった。

車の群れを離れて、落ち着いて走れたのは、国道(R37)を離れ、それと並行する地方道を走った豊浦までと、後半の森町―小沼の間くらいだった。

森町に入る手前の道端で一休みしながら、R278で亀田半島の東を回るか、それともR5づたいに函館まで突っ切るか、しばし悩んだ。時間も押していたので、駒ヶ岳のふもとの田舎道をつないで大沼・小沼まで走り、それからR5で函館にでることにした。

「宗谷から佐多岬まで一筆書き~1メートルたりとも残さず走りきる」ってのが自分なりのコンセプトだったので、問題は自転車で走れない、北海道~本州の間をどう渡るかということだった。

函館から青森(ないし大間)までフェリーで渡るか、鉄道で津軽海峡線を渡るかのいずれかになる。

小沼からR5に出て大沼国道を下りきったところで、もうR5にはウンザリ。北斗方向へ右に折れ、木古内(知内駅は2014年3月15日で廃駅になっていた)まででて、津軽海峡線の最短区間(木古内ー今別)を電車で渡ることにした。

木古内まで走って、そこから、いったん江差線で函館まで出て一泊。翌朝の「スーパー白鳥」で蟹田まで輪行。蟹田から、今別駅を経て三厩まで走って、とりあえず今回の旅の目的は達成。

北海道は、オートバイで走るのは楽しいが、自転車で走って楽しいところでは決してない。天気は7/5, 7/6ともに曇り。時に小雨。

最終日の津軽は晴れた。三厩から外ヶ浜街道をたどり、青森駅まで走る。津軽半島はいつも絶景。交通量も少なく本当に気持ちがよかった。

2014年7月5日(土曜)
JAL523便 東京(羽田) 16:30発 → 札幌(新千歳) 18:05着
座席番号 1A

新千歳-苫小牧駅間はバスで移動

東横イン 苫小牧駅前 泊
自転車は東横インまで宅急便

~当日UPした記事~

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7月06日(日)苫小牧ー長万部
http://connect.garmin.com/modern/activity/537210428
(ガーミンデータは翌日分と一括)
昼飯は「ドライブインみさき」
天気は曇り。昼メシ後は小雨にも降られた。

ホテル 四国屋 泊
〒049-3521 北海道山越郡長万部町字長万部403番地

~当日UPした記事~

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7月07日(月)長万部ー木古内
http://connect.garmin.com/modern/activity/537210428
(ガーミンデータは前日分と一括)

前日同様曇り。森あたりでは小雨。

木古内駅まで走って江差線(スーパー白鳥11号)で函館まで輪行
ラビスタ函館ベイ 泊

~当日UPした記事~

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7月8日(火)

函館ー(列車)ー蟹田ー津軽今別ー三廏ー青森
函館0808-スーパー白鳥16号-蟹田0936
http://connect.garmin.com/modern/activity/537210455
(上は列車移動分ガーミンデータ)

http://connect.garmin.com/modern/activity/537210508
(蟹田ー津軽今別ー三廏ー青森)

青森「まちなか温泉」で汗を流し、新青森駅までタクシー移動。
新青森駅内で夕食

新青森1838-大宮2138
大宮2206-本庄早稲田2228

~当日UPした記事~

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東北編(2/2) 新潟〜秋田

東北編(2/2) 新潟〜秋田

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新潟〜秋田の日本海沿いは、幹線国道R7をひた走らねばならない区間が多いので、「楽しくないな」と後回しにしてた。

仕方なく日曜日1日だけで、260kmほど、走りきってしまうことにした。とはいっても途中でイヤになる場合も見込んで、羽越本線で新潟に戻って帰宅できるための時間のリミットだけは確認しておいた。

2014.5.17 終業後
たにがわ425 本庄早稲田1921-1931 高崎 1948 – 2104 MAXとき343

ホテル日航新潟泊(駅からはタクシー)

朱鷺メッセ内の” ちょこざいや 結”で夕食いただいておやすみなさい。

翌朝、4:30起床、朝飯抜きで(あらかじめ伝えておけば弁当を用意してくれたらしいが・・・)、5:00チェックアウトし、ホテル前でチャリを組み上げる。

警備員が『宿泊の方ですか?』なんて、怪訝そうに声をかけてくる。

5:30、昨夕までの予報では晴れのはずだったのに、今にも小雨が降り出しそうな曇天の下、出発。

7時前、胎内あたりで、マトモに雨に降られて、セーブオン中条村松浜店に飛び込み、ポンチョを買い込む。ついでに朝飯。

ひどい雨はすぐに上がったが、ポンチョを脱いだのは9時になって、笹川流れで一休みした時。この後は、晴れだったり、曇りだったりで、降られることはなかった。

R354からR7に戻って、ローソン 温海鼠ヶ関で一休みと栄養補給(AM10:00)

中略

19:11発の”こまち38号”を予約してあって、それに乗り込まないと、大宮で上越新幹線の下り最終に間に合わないので急いでいたが、16:40には余裕で雄物川を渡ってた。

ホテルグランディア秋田のスーパー銭湯 華の湯で汗を流して、着替えを済ませ、17:45秋田駅着。パッキングを終え、駅のコンコースの居酒屋でひとりで打ち上げ。260kmお疲れさまでした。

こまち38 秋田1911 - 2238 大宮 2250 - 本庄早稲田 2313 MAXたにがわ431

中部編(2/3) 糸魚川〜寺泊

中部編(2/3) 糸魚川〜寺泊 2014.5.11

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2014年の立石君との事始めで、これも1日での輪行。
大宮駅から乗ってきた彼と車内で合流して、糸魚川まで輪行。

昨年10月(13-14日)に走った、安曇野—糸魚川—富山の経由地である姫川河口まで西行してから、東へ向かう。

以前から走ってみたかった“糸魚川自転車道線”なんてのも経由しながら、日没に寺泊の信濃川河口に到着。

ライトもないのに日も暮れて、急ぎ足で分水駅まで走る、

帰路輪行。
燕三条を経て、新幹線。

Fさんに高崎駅までピックアップに来てもらう。高崎駅東口の「大庄水産」で3サラッと打ち上げ、立石君は高崎発上り最終の新幹線に乗り、自分とFさんはクルマで帰宅。

輪行往路
大宮(07:02)・本庄早稲田(7:25)~MAXたにがわ401号〜越後湯沢(8:06)
*フラットシート最後尾(下り)は6-15AB-DE

越後湯沢(8:20)~はくたか2号〜直江津(9:05)
*金沢方向海側席はCD席

直江津(09:38)〜北越2号〜糸魚川(10:01)

自転車
糸魚川駅〜姫川河口〜久比岐自転車道〜直江津港〜鵜の浜〜R8〜青海川〜鯨波〜R352〜刈羽原発〜R452〜寺泊〜信濃川新河口〜分水駅

輪行復路
分水(19:37)〜越後線〜吉田(19:49)
吉田(19:52)〜弥彦線〜燕三条(20:03)
燕三条(20:32)〜MAXとき350号〜高崎(21:36)
高崎(22:50)〜MAXとき352号〜大宮(23:14)

九州(1/1) — 山陰編(1/2) 佐多岬 - 浜田

九州(1/1) — 山陰編(1/2) 佐多岬 - 浜田 2014.4.26 – 2014.5.6

4/26(土)
本庄早稲田1751-MAXたにがわ-東京1840
羽田エクセルホテル東急 泊

4/27 (日)
JAL1863
羽田08:25 – 鹿児島10:15
三州自動車バス
鹿児島空港11:00 – 鹿屋12:40
鹿屋13:50 – 大泊15:31
ホテル佐多岬 泊

ホテル — 佐多岬 間を走る。
http://connect.garmin.com/activity/494112136

4/28(月)
この日は雨を午後から天気が崩れるとの予報。雨を嫌って6時半出発。志布志湾にでる前あたりから降られ始める。12時過ぎには志布志のホテルに到着してしまった。

佐多ー鹿屋-志布志95km
国民宿舎 ボルベリアダグリ 泊
https://connect.garmin.com/modern/activity/494112197

4/29(火)
志布志ー串間岬ー青島 108km
青島サンクマール 泊
https://connect.garmin.com/modern/activity/494112296
(4/29-30 二日分のルート)

4/30(水)
青島ー日向113km
ベルフォート日向 泊
https://connect.garmin.com/modern/activity/494112296
(4/29-30 二日分のルート)

5/1(木)
日向ー佐伯 104km
ホテル金水苑 泊
https://connect.garmin.com/modern/activity/494222350

5/2(金)
大分市手前のホームセンターで、でっかい空気入を買い、捨てるに捨てられず、バッグにくくりつけて持ち歩く。

佐伯ー別府 100km
別府温泉 花菱ホテル 泊
https://connect.garmin.com/modern/activity/494112424

5/3(土)

国東半島を回って中津まで130kmを走るか、日出—宇佐間をショートカットして、一気に下関まで走るか悩んだが、別府の宿でキモチ悪い自転車オヤジにでくわして、国東でイベントありと知っので、迷わず後者を選択。今日のうちに九州をでることにした。
この日は常に5-6mの向かい風が吹いていて、下曽根すぎたあたりから、結構グロッキーだった。

別府—下関 130km
プラザホテル下関 泊
https://connect.garmin.com/modern/activity/494112557

5/4(日)
本当は萩まで走ろうと思っていたのだが、山陰は宿のキャパが少ない。“萩本陣”とかいう宿に特別室(2名より)なんて空き部屋をWEBで見つけ、電話予約を試みるが、一名というと断られた。頭にきたので、「メシ代含めて2名分払うっていってんのに何が気に入らないんですか?」と尋ねたら、上司らしきがでてきて、更に気に入らん態度で、お断りされた。黙ってても客がくると思って、お高くとまってる萩の連中は好きじゃない。

長門湯本の大谷山荘に空室があって、教育の行き届いたフロントが快く対応してくれたので、宿をそこに決めて、この日は長門まで。

下関—長門 102km
https://connect.garmin.com/modern/activity/494112685

5/5(月)

F氏に頼んで浜田のホテルまで、輪行バックを発送してもらってあったのだが、渋滞で宅急便の配達に遅延が発生したとやらで届いていない。ホテルフロントでダンボールを購入。コンビニでガムテープを買い込んで、ホテル前で自転車をパッキング。ヤマト便で発送。梱包している間に輪行バッグが届いたが、それは使わずそのまま送り返した。

長門—浜田 130km
浜田ワシントンホテルプラザ 泊
https://connect.garmin.com/modern/activity/494112796

5/6(火)
0834浜田- JR快速 -0957出雲市
1040市駅-1105空港(バス)
1205出雲空港ーJAL1666-1325羽田
東京—本早 上越新幹線

沖縄本島編(1/1)

沖縄本島編(1/1):久米島は奄美(2/2)を参照

2014 1.12-1.13

1月12日(日)
清水の車で早朝、羽田まで移動。

羽田06:25 –JAL901- 那覇 09:00

ホテルクレシア沖縄泊港(現 ホテルリブマックス那覇泊港)泊

那覇ー伊計島ー那覇
https://connect.garmin.com/modern/activity/429467874

1月13日(月)
ホテルクレシア沖縄泊港(デイユース)

雨のため那覇近郊を一走り
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那覇19:55 —JL0922— 羽田22:00

清水の車で帰宅。

lookin’ down from the skies-above

雲の地平を見下ろしながら、この荒涼とした砂丘をわたり行く民のことをふと思った。あの雲の、あの頂あたりで夭折した友が、風の馬を駆り、日よけにターバンでも巻いて、僕に手を振っているに違いない。 いや本当に彼は、あそこにいるに違いない。この雲上に聳える宮殿だって僕の目に見えないだけだ。あらゆる感覚は僕らの存在様式に適切に具現されているだけで、闇で何もみることができないよう、光の下にも僕らの目に見えないものがあふれている。もし僕等が三つ目の種族だったら、世界はもうひとつ余分な次元軸を持つだろう。 この飛行機を飛ばすニュートン力学だって、種子島からロケットを飛ばす相対性理論だって、どちらが正しい訳じゃない。その時折の地平に応じて、僕らが世界を捉えるのに最適化された方法論があるだけだ。真理は常に極限値の向こう側に定立する。 雲間から海が見えても、雲と地上のレイヤーは区別しがたく、淡い千切れ雲が海上の小島に思えたりする。神の手になるものは、みんな気まぐれな形をして、気まぐれな場所にいる。フラクタルとかカオスなどという言葉をふと思い出したが、そんな安直な概念でとらえきれない奔放さがそこにはある。 波間に貨物船を見つけたり、雲間を他の飛行機が飛び行くのを見つけたときだけ、それが海なのか、それが空なのかがはっきりする。そして、人のつくりだしたものはみな、直線であったり、単純なカーブであったり、一目でそれとわかってゲンナリとさせられる。いっそのことシゾフレニーでにもなって雲から突き出てくる手が見えたり、窓の外を這いつくばる小人達でも見えたらどんなにすてきなことだろう。 全ての生と死が、この世界にある。内包されているのではなく、境界なく、ただ曖昧と浮遊している。天国なんてものも、地獄なんてものも、現世なんてものも、そんなものはどこにもない。そこにあるのは、人間なんて概念を含めて、世界から沸き立っては消えるさざ波に過ぎない。 僕らは恐れから、死を蔑み、生を尊ぶ。でも、屋久杉の森で新芽の中に枯葉が朽ちてゆくように、あるいは、倒木にも苔がむすように、生も死もそのままにここにある。 和蠟燭を職人がこね上げて象る、燭台に火がともされ、吐息として燃え尽きる。燃えさしが残り、やがて朽ちてゆく。何を生と捉え、何を死と捉えるにせよ、腐り果てた屍を生がどう忌諱しようとも、生がここを漂うように、死もこの世界を漂う。 その全てを包容し、自然(あえて「じねん」と読もう)は慈しみに満たされている。